中島みゆきという存在への距離感
中島みゆきという人がどんな人物なのか、実はよく知らない。デビュー曲はヤマハのポプコンでグランプリを受賞した「時代」(1975年)だと思い込んでいたのだが、調べてみると実際のデビュー曲は「アザミ嬢のララバイ」(同年)だった。
「わかれうた」に見る強烈な“ツカミ”
彼女の作品で強く記憶に残っているのは、「時代」を別にすれば「わかれうた」(1977年)である。この曲は冒頭の歌詞の“ツカミ”が圧倒的だ。「途にたおれて誰かの名を 呼びつづけたことがありますか」。こんな問いを投げかけられて、「あります」と答える人はまずいない(私ですか?もちろんありません)。
「追いかけてヨコハマ」という異色の別れ歌
別れの歌はポップミュージックの大きな潮流のひとつだ。「追いかけてヨコハマ」は中島みゆきが作詞・作曲し、桜田淳子が1978年に歌った作品で、これも別れの歌の一種である。しかし冒頭の歌詞は「追いかけてヨコハマ あの人が逃げる」。逃げた男をいきなり追いかけるという設定が、実にアグレッシブだ(あみんの「待つわ」(1982年)とは対照的である)。
ヨコハマ描写の“らしさ”と不在
歌詞には「旅の支度をしたひとばかり」通る街、「この船は街ごとはこんで旅ですか」など、いかにも“ヨコハマらしい”表現が散りばめられている。一方で、港も海も登場しないのが特徴的だ。
乾いた「追跡」感覚とハードボイルド性
歌謡曲では別れを嘆くスタンスが多いが、この曲を支配しているのは“追跡”という乾いた感性である。男が逃げる歌は珍しい。なぜ男は逃げたのか、なぜ女は執拗に追うのか、そして男が逃げ込んだヨコハマとはどんな街なのか。こう考えると、どこかハードボイルドな物語が浮かび上がってくる。
これは復讐の歌なのか
「途にたおれて名前を呼びつづけられる」ことに耐えかねて男は逃げたのだろうか。歌詞には「この街をほめたことだけが うらぎりのてがかりです」とある。これは復讐の歌なのかもしれない。
“怨み節”がつなぐ二つの曲
“怨み節”の「わかれうた」と「追いかけてヨコハマ」は、どちらも“追跡と復讐”のメロディなのだ。歌手が桜田淳子でなければ、映画『ターミネーター』のような世界観になっていたかもしれない(やや飛躍しているが)。
最後の問い:呼ばれ続けるか、追われ続けるか
さて、「途にたおれて名前を呼びつづけられる」のと、「逃げた先まで追いかけてこられる」のと、どちらがまだマシなのだろう。
補記
この曲について中島みゆきは、テレビで歌う桜田淳子の姿がどこか苦しそうに見え、「ああ、息継ぎを入れるのを忘れたんだ」と気づいた、と語っていたことだある。
彼女が紅白歌合戦で「地上の星」を歌ったと聞いたとき、ついにここまで来たのかと感慨を覚えた。強く印象に残っているのは、日本経済新聞朝刊の最終面「交友抄」に掲載された彼女の短文だ。1990年代のことだったと思う。ライフワークである舞台『夜会』を終え、楽屋でようやく身体を休めていたときのことだ。高校時代の友人たちが数人、観劇のあとに彼女を訪ねてきた。しかし、全力でステージをやり切った直後の彼女には、誰かと会って談笑する余力など残っていなかった。結局、友人たちは「みゆきは変わってしまった」と不満を口にしながら帰っていったという。
その出来事について、彼女は「交友抄」に実に突き放した文章を寄せていた。もうかつての“お友だち”としての関係性ではいられないのだと、静かに、しかし明確に線を引くような内容だった。友好を語ることの多い同欄では異例の、鋭い余韻を残す文章だったと記憶している。
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