YOKOHAMAの歌を読む NO.6        1971 よこはま・たそがれ 五木ひろし   1974 海を見ていた午後 荒井由実

YOKOHAMAの歌を読む

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1. 「よこはま・たそがれ」──大ヒット曲と“ご当地性”の弱さ

五木ひろし「よこはま・たそがれ」(1971年)は大ヒット曲として知られるが、ご当地ソングとしての完成度はそれほど高くない。 その理由は、“よこはま”でなければならない必然性が歌詞に乏しい点にある。ブルース、かもめといった定番のモチーフは登場するものの、横浜でなくとも神戸など別の港町でも成立してしまう印象が強い。

もちろん「ご当地ソングに必然性を求めるのは酷ではないか」という疑問もある。しかし、その問いに対する鮮やかな回答のように存在するのが、荒井由実(松任谷由実)による「海を見ていた午後」(1974年)である。

2. 「海を見ていた午後」──横浜でなければ成立しない歌

「海を見ていた午後」は、別れた恋人と通ったレストランを訪れた女性が、終わった恋を静かに回想する歌だ。 歌詞は一人称で語られているが、“私”という代名詞を一切使わないため、聴き手が自然に感情移入できる構造になっている。

麻生圭子はこの曲を「80年代に続く、中産階級のご当地ソング(ただし海外が多かったけど)の走り」と評している(日本経済新聞 2003年2月15日)。 静かなサウンドとは裏腹に、歌謡曲的な通俗性を排した“私小説的”な世界観は、ニューミュージックの幕開けを象徴するほどのインパクトを持っていた。

3. ユーミンがもたらした“私小説的”ご当地ソングの衝撃

この曲の魅力は、聴き手が“その恋を追体験したくなる”ほどの物語性にある。 そのためには、舞台となるレストランが横浜山手の「ドルフィン」であることが不可欠だった。

「晴れた午後には 遠く三浦岬も見える」 「ソーダ水の中を貨物船が通る」

こうした視覚的な描写は、初期ユーミンの特徴であり、彼女が多摩美術大学で日本画を学んでいたこととも無関係ではない。

4. 視覚的描写と「ドルフィン」という舞台装置

「海を見ていた午後」を聴いてドルフィンを訪れた人は多い。 千葉県出身の麻生圭子も「捜しに捜して、行きましたよ」「あの頃は右も左も、女の子はソーダ水だったんですよ」と語っている。

興味深いのは、歌詞に登場する“三浦岬”という地名は実在せず、当時のドルフィンにはソーダ水もなかったという点だ。 それでも、聴き手はその情景を“横浜の記憶”として受け入れてしまう。

5. 虚構が現実を超える瞬間──虚実皮膜論とユーミンの横浜

近松門左衛門は、芸術の真実は事実と虚構のあいだにあると説いた。 「海を見ていた午後」が成立しているのは、まさにこの虚実皮膜論の世界である。

実在のレストランを舞台にしながら、実在しない地名や存在しなかったソーダ水を織り交ぜ、聴き手の心に“ありもしない思い出”を生み出す。 その力こそが、この曲を横浜の歌として唯一無二の存在にしている。

補記

私は演歌やニューミュージックの熱心なリスナーではありませんが、例外的に初期のユーミンだけはよく聴いています。彼女には『ルージュの伝言』という“著書”があります。1984年刊行なので、まだ荒井由実として活動していた頃の空気がそのまま残っており、初期ユーミンの語りに触れられる一冊です。

もっとも、この本の「あとがき」は山川健一氏が書いています。実際にはユーミンへのインタビューを山川氏が文章化した形で、少し変則的な構成になっています。これは当時の出版・営業上の判断もあったのでしょう。

音楽のほうで私が愛聴しているのは『Super Best Of Yumi Arai』です。「荒井由実時代」の名曲を30曲収録した2枚組で、編集も非常に充実しています。初期ユーミンの魅力をまとめて味わうには最適のベスト盤です。

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