YOKOHAMAの歌を読む NO.14 1982 恋人も濡れる街角 中村雅俊

YOKOHAMAの歌を読む

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「恋人も濡れる街角」は、サザンオールスターズ(SAS)の桑田佳祐が作詞・作曲し、中村雅俊が歌った1982年の作品である。手元のコンピレーションCDには「アダルトな歌詞」との解説が添えられているが、当時テレビで頻繁に耳にしていた頃の印象としては、そこまで艶っぽい曲だとは感じなかった。以下に述べるように、この曲は歌詞そのものを聴かせるタイプではないからだろう。

桑田佳祐の作詞スタイルと整合性について

歌詞を通して読むと、脈絡が希薄で全体の整合性も乏しい。これは桑田作品にしばしば見られる特徴である。私は桑田やSASの熱心なリスナーではないが、初期作品の印象で言えば、この曲の詞はデビュー曲「勝手にシンドバッド」同様、ポップミュージックとしての完成度を優先したものだと考えている。つまり、メロディやリズム、バックのサウンドとの相性を最優先に言葉を選び、歌詞全体としての「詩的整合性」は意図的に脇へ置いているのである。こうした作詞スタイルの先駆者としては、キャロルジョニー大倉が挙げられる。

歌詞とサウンドを等価に扱う感覚の背景

桑田には『たかが歌詞じゃねえか、こんなもん ”84-90”』(新潮文庫)という著書がある。タイトルだけ見ると歌詞を軽視しているようだが、実際には逆説的な表現で、彼は歌詞とサウンドを等価に扱っている。詩としての整合性よりも、ポップミュージックの歌詞としての機能性を優先する感覚は、60〜70年代に洋楽をラジオで聴いて育った世代特有のものだろう。当時、レコードは高価で簡単には買えず、英語の歌は耳で聴いて覚えるしかなかった。多くの場合、何を歌っているのかはわからない。そのため、私自身もボーカルを「楽器の一つ」として聴く習慣が身についた。桑田の作詞姿勢には、こうした時代背景が影響しているのではないかと思う。もちろん、同じ環境にいたからといって誰もが彼のような天才になれるわけではない。

冒頭の隠れた一節が示すファジーさ

「恋人も濡れる街角」は、「YOKOHAMAじゃ 今」という印象的なフレーズから始まると思っている人が多い。しかし実際には、その前に「不思議な恋は女の姿をして……」という一節が置かれている。全体的に曖昧な歌詞の中でも、特に意味が取りにくいこのフレーズは、曲全体がファジーな世界観で構築されていることを象徴しているようにも読める。

最小限の言葉で横浜を成立させる音楽的魔術

横浜を直接示す語は「YOKOHAMA」と「馬車道」がそれぞれ一度ずつ登場するだけである。しかし、この二つの地名は歌詞の中で独自のリアリティと磁力を放っている。必要最小限の言葉しか使わずに、横浜の歌としての存在感を成立させてしまう力は、中村雅俊の歌唱も含め、まさに音楽の魔術と言うほかない。

中村雅俊は「ふれあい」「俺たちの旅」など親しまれている曲も多いです。長男の中村俊太が大麻取締法違反で逮捕された時、「芸能人の二世が不祥事を起こすことについて」と質問されて、「(一緒にするのは)他の二世の方に失礼です」と答えました。きちんとした人だなと思いました。

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補記

桑田佳祐は書籍も多いです。一番新しいのは2021年の『ポップス歌手の耐えられない軽さ』ですね。

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キャロル・ジョニー大倉→NO.16 「YOKOHAMA 二十才まえ」矢沢永吉→公開準備中

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