「昔の名前で出ています」との対比──“流れる女”を追う男の歌
NO.9で取り上げた「昔の名前で出ています」が“流れていく女性”の一人称で語られるのに対し、 「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」(ダウン・タウン・ブギウギ・バンド)は、流れる女を追いかける男の歌である。
物語の視点が逆転しているだけでなく、語りの方法もまったく異なる。
語りで進む物語──間接話法が生む独特の構造
この曲の特徴は、男が訪ね歩く相手の“セリフ”によって物語が展開する点にある。 いわば 間接話法の連鎖 であり、歌の大半が“語り”で構成されている。
一見シンプルに見えるが、セリフの質の高さ、テンポ、間の取り方など、構造的には非常に凝っている。 歌というより短編ドラマに近い。
宇崎竜童の“役者性”とヨコハマ・ヨコスカの空気
京都出身の宇崎竜童が、いかにも“ヨコハマ・ヨコスカ”の匂いをまとった語り口でセリフを回すのがおもしろい。 作家・小林信彦は漫才コンビを「役者型」と「漫才型」に分類したが、宇崎は明らかに前者だ。
1978年にはATG映画『曾根崎心中』で主演を務め、その後も映画・ドラマ出演が多い。 “役者型ミュージシャン”としての宇崎の資質が、この曲の語りに深みを与えている。
異質に見えて実は中核──バンドの出世作としての位置づけ
「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」はバンドの出世作でありながら、 語りが中心のために“異質なレパートリー”と見なされがちだ。
しかし、構造の特異性はあっても、 バンドの核にあるロック性をもっとも鮮烈に示した曲でもある。
語りの後に訪れるロックのカタルシス
語りが終わった瞬間、 矢をつがえて引き絞っていた弓の弦を放つように、 バンドがためていたエネルギーを一気に解き放つ。
このラストの演奏には、 ロック特有のカタルシスが凝縮されている。
語りの緊張と、最後の爆発的な演奏。 この落差こそが、曲を唯一無二の存在にしている。
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・「昔の名前で出ています」→NO.9「昔の名前で出ています」
・ダウン・タウン・ブギウギ・バンド→NO.17「Once Upon a Time in YOKOHAMA」→公開準備中
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「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」はスタジオ録音盤でも聴くことができますが、ライブ盤『脱・どん底音楽会』でも良い演奏が聴けます。初期のレパートリーとバンドの高い演奏力を楽しめます。コンサートの司会はラジオDJの草分け的存在の糸居五郎氏が担当しています。
小林信彦氏の漫才コンビのタイプ分類はこちらで読むことができます。
