1. 平山三紀デビュー──「ビューティフル・ヨコハマ」の登場
「ビューティフル・ヨコハマ」は1970年11月に発売された平山三紀(現・平山みき)のデビュー曲である。 作詞・作曲は橋本淳と筒美京平。いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」(1968年)と同じコンビである。
平山三紀の魅力は、美声というよりも鼻にかかったハスキーボイスにある。デビュー当時の彼女のポジションは独特で、1970年当時に“都会的なポップセンス”を持つ歌手はほとんどいなかった。数年後にソロでブレイクする沢田研二くらいが対抗できた存在だろう。
2. 1970年の歌謡界と“都会的ポップセンス”の希少性
1970年のオリコン年間ランキング(50位)を見ると、1位は「黒ネコのタンゴ」(皆川おさむ)、2位は「ドリフのズンドコ節」(ザ・ドリフターズ)。 前年に「新宿の女」でデビューした藤圭子が全盛期で、「圭子の夢は夜ひらく」を含む4曲がランクインしている。青江三奈、森進一も複数曲が入っており、いずれもハスキーボイスだが、平山とはまったく異なる“演歌の世界”である。
この1位・2位の並びを見るだけでも、1970年という年の混沌ぶりがわかる。 さらに、3月にはよど号ハイジャック事件、4月にはビートルズ解散、11月には三島由紀夫事件が起きている。文化も社会も激しく揺れていた年だった。
3. 筒美京平と平山三紀──“秘蔵っ子”の音楽的ポジション
平山は筒美京平の“秘蔵っ子”とよく言われる。 “日本のバート・バカラック”と呼ばれた筒美は、橋本淳とともに多くの楽曲を彼女に提供した。
ただ、「ビューティフル・ヨコハマ」は私には少し“もたれる”印象がある。ポップスとしてはやや重い。 むしろ出世作となった「真夏の出来事」(1971年)や「フレンズ」(1972年)のほうが、彼女の歌唱の重みと曲の軽やかさのバランスが良い。
4. 「真夏の出来事」へつながる軽やかさと歌唱のバランス
YouTubeで、ギター・ベース・ドラム・キーボードというオーソドックスなバンド編成をバックに「真夏の出来事」を歌う当時の映像を見た。 トレードマークの黄色い衣装で、振り付けもなく歌う平山には、まさに“ディーヴァ(歌姫)”の存在感があった。
10代のアイドルが振り付けをつけて歌うようになるのは1970年代後半からである。 その前の時代に、平山は“都会的ポップスの象徴”として際立っていた。
5. 「真夜中のエンジェルベイビー」とロックンロールの接点
「真夜中のエンジェルベイビー」(1975年)は、
ヨコスカ ヨコハマ ハラジュク ロッポンギ…
という歌詞で始まる。 後に平山のアルバム『鬼ヶ島』(1982年)をプロデュースする近田春夫が、この曲を自身のバンド・ハルヲフォンのアルバム『電撃的東京』(1978年)でカバーしている。
このカバーを聴くと、平山三紀のセンスがロックンロールの系譜に連なっていることがよくわかる。 “都会的ポップス”というより、“アーバンなロックンロール”の源流に近い。
6. 横浜を読むなら、この曲こそふさわしい理由
「YOKOHAMAの歌を読む」という観点でいえば、「ビューティフル・ヨコハマ」よりも「真夜中のエンジェルベイビー」のほうが、横浜の都市的な空気を捉えている。 横須賀・横浜・原宿・六本木という都市の回路をつなぐような歌詞は、1970年代の“都市文化の匂い”を鮮やかに伝えている。
平山三紀という歌手の魅力は、横浜の“都会性”と響き合う部分が大きい。 その意味で、「真夜中のエンジェルベイビー」は本シリーズにふさわしい一曲だと思う。
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沢田研二→NO.20「緑色の kiss kiss kiss」→公開準備中
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近田春夫&ハルヲフォンは『電撃的東京』でフォーリーブスの「ブルドッグ」もカバーしています。テレビで『スターウォーズ』のライトセーバーを振り回して演奏していました。そのロックなサウンドとスタイルに司会のおりも政夫(元フォーリーブス)の目が点になっていました。
「ブルドッグ」「真夜中のエンジェルベイビー」など、歌謡曲カバーの魅力が詰まった意欲作です。 当時のロックと歌謡曲の交差点を感じられる一枚です。
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