1.「ブルー・ライト・ヨコハマ」の圧倒的な人気
朝日新聞が2007年に実施したご当地ソング全国アンケートで、「ブルー・ライト・ヨコハマ」は「知床旅情」「津軽海峡・冬景色」に次ぐ第3位に入った。全国規模で愛されるご当地ソングであり、横浜を代表する曲としての存在感は群を抜いている。
2. 横浜ソング“三強”の中でも突出した存在
横浜信用金庫が2003年に行った<根岸線・駅の歌>募集では、2位の「よこはま・たそがれ」(
公開準備中)に倍近い得票差をつけて1位を獲得。さらに横浜市が開港150年を記念して2008年に実施したご当地ソングアンケートでも、「赤い靴」を大きく引き離して1位となった。前者では「赤い靴」が3位、後者では「よこはま・たそがれ」が3位に入っており、この3曲が横浜ソングの“三強”といえる。
3. なぜ「ブルー・ライト・ヨコハマ」は強いのか
しかし、その三強の中でも圧倒的な支持を集めるのが「ブルー・ライト・ヨコハマ」である。その強さはどこから来るのか。「よこはま・たそがれ」について、私は別のところで「横浜でなく神戸でも成立してしまう」と述べて、ご当地ソングとしての“必然性”の薄さを指摘した。一方、「ブルー・ライト・ヨコハマ」に横浜の必然性を与えているのは、タイトルにある「ブルー」という言葉である。
4. “青”が象徴する横浜らしさ
横浜は港町であり、海のイメージから“青”が象徴的なカラーとなっている。横浜信用金庫が実施した<横浜のニックネーム募集>でも、横浜のイメージ・キーワード上位は「港町」「青」「海」。タイトルに「ブルー」が入っていることが、この曲の大衆性と横浜らしさを強く支えているのだろう。<根岸線・駅の歌>の調査でも、20代から70代以上まで幅広い世代から票を集めている。
5.ブルース全盛期に現れた“軽やかな横浜”
曲の発売は1968年12月。同年1月には青江三奈の「伊勢佐木町ブルース」が、翌1969年4月には森進一の「港町ブルース」(公開準備中)が発売され、いずれも大ヒット。青江と森はそれぞれの年のレコード大賞歌唱賞を受賞した(森は最優秀歌唱賞)。「伊勢佐木町ブルース」は中区の一商店街を歌ったピンポイントのご当地ソングであり、「港町ブルース」は函館から鹿児島まで14の港町が登場する“全国チェーン”のご当地ソングである。しかし、森の重厚な演歌に都会的な横浜は馴染まなかったのか、この曲に横浜は登場しない(「そして神戸」も同様である)。
6. ポップスの軽味が生んだ横浜の“陽画”
そんな演歌の濃厚な世界に挟まれるようにしてヒットしたのが、いしだあゆみがノンビブラートで軽やかに歌う「ブルー・ライト・ヨコハマ」だった。作曲はポップスの名匠・筒美京平、作詞は橋本淳の黄金コンビ。筒美にとってレコード大賞作曲賞を受賞した出世作でもある。ポップスの本質である“軽味”を体現したこの曲は、「港町ブルース」が横浜の陰画(ネガ)だとすれば、今後も横浜の陽画(ポジ)として輝き続けるだろう。
追記
歌手・いしだあゆみといえば、まず思い浮かぶのは代表曲「ブルー・ライト・ヨコハマ」でしょう。しかし、彼女が1960年代後半から70年代にかけて所属していた日本コロムビア時代には、ほかにも多くのヒット曲があります。
たとえば
「太陽は泣いている」(1968年)
「あなたならどうする」(1970年)
「砂漠のような東京で」(1971年)
など、オリコン上位に入った楽曲が多数あります。
この時代の曲をまとめて楽しむなら、ベスト盤がもっとも手軽でおすすめです。→Amazonで『いしだあゆみ ベスト&ベスト』を見る
その後はいしだあゆみさんは俳優業へと活動の軸を移し、日本アカデミー賞をはじめ受賞作も多く、もはや「ブルー・ライト・ヨコハマの人」とだけ語るのは失礼に感じるほどのキャリアを築きました。
俳優としての代表作を一つ挙げるなら、日本アカデミー賞優秀主演女優賞などを受賞した
『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』
がその筆頭といえるでしょう。→Amazonで『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』を見る
■関連記事はこちらです。
「伊勢佐木町ブルース」→NO.1「Yokohama Honky Tonk Bluse」
NO.3「港町ブルース」
NO.6「よこはま・たそがれ」→公開準備中
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