楽しく学べる!財務・マーケティング NO.7
🟦1.差別化とニッチの違い
昭和から平成にかけて活躍した太神楽(曲芸)の芸人に、海老一染之助・染太郎という兄弟がいた。舞台で実際に芸を披露するのは弟(染之助)で、兄は横で「スゴイ!」などの掛け声を担当する。弟が「肉体労働担当なのにギャラは同じ」とぼやくのが、数少ないギャグのひとつだった。
テレビで太神楽といえば、この二人を思い出す人は多い。他に強い印象を残す芸人がいないからだ。筆者が物心ついた頃から、彼らは和傘の上で毬などを回す芸を披露していた。小道具は多少変わっても、基本構造は変わらない。つまり、ビジネスモデルが長年ほぼ不変だった。
当初は「偉大なるマンネリ」だと思っていたが、いつしかこれはニッチ戦略の成功例ではないかと考えるようになった。理由は次のとおりである。
① 競争相手が少ない
テレビ向きの太神楽芸人が他にほとんどおらず、競争が発生しにくかった。伝統芸で参入障壁が高い一方、市場規模が小さいため追随者がそもそも少ない。
② 戦略ドメインを守り続けた
他分野に進出せず、太神楽という領域に集中した。テレビドラマなどにはほとんど出演しなかった(単に声がかからなかった可能性もあるが)。
③ 強烈なパフォーマンスで模倣困難
常に全力投球でテンションが高く、芸を軽く見せるために異様なまでの力みを見せる。芸のレベルが低いわけではなく、むしろ“あく”が強すぎて模倣が難しい。
差別化とニッチは混同されがちだ。 差別化は競争の中で差違をつくり、市場シェア拡大を狙う。 ニッチは競争を避け、棲み分け市場で疑似独占的な利潤や名声を得る。
金融機関の職員にも、経営者自身にもこの違いを誤解している人は多い。染之助・染太郎兄弟は、この点で非常にうまく立ち回っていたと言える。
彼らの芸の性質上、正月になると出番が急増した。いわば季節産業である。季節指数を計算すれば、1月が突出して高かったはずだ。そのうち「オメデトーゴザイマース!」が新年の挨拶として定着し、普遍的な言葉を一芸人が独占するという珍しい現象が起きた。
<注>季節指数
商品の売れ行きは季節によって変動する。この季節変動を指数化したものが季節指数である。 最もシンプルな算出方法は月別平均法で、次の式で求める。
季節指数 =(月別平均売上高)÷(総平均売上高)
🟦2.割引率の低下と現在価値の上昇
DCF法(discounted cash flow method)は、将来キャッシュフローの現在価値を求める方法である。一般に新しい概念と思われがちだが、設備投資の経済性計算など管理会計では古くから使われている。債券評価の複利計算と同じ構造だが、日本では単利法という独特の「複利計算」が使われることもあり、意外となじみが薄い。不動産評価の収益還元法と言えば理解が早いかもしれない。
DCFの基本式は次のとおりである。
DCF = Σ(CFₜ ÷(1+r)ᵗ) (t=1 から n までの合計)
海老一染之助・染太郎兄弟は、1980年代後半に一時的に大ブレイクした。これは自慢だが、私はその兆しを予想していた。ビートたけしが彼らに注目するだろうと思っていたら、実際にそうなったのである(これが自慢になるかは微妙だが)。
「オメデトーゴザイマース!」がキャッチフレーズになったのもこの頃だ(1989年には『おめでとうございます!!』というシングルCDも発売)。芸風が変わったわけではない。数十年同じことを続けていたら、時代が追いつき、突然売れ出したという印象だ。
兄が弟の熱演を評して放つ「いつもよりたくさん回しております」という“お約束”のフレーズがあるが、この時期に本当に多く回していたわけではない。パフォーマンスに質的変化はなかった。
つまり、キャッシュフローは変わらないのに、企業価値(現在価値)が急上昇したのである。 その理由はただひとつ、割引率が低下したからである。
<注>
この記事はいつもよりたくさん漢字を使っております。
■参考文献
DCF法に関する書籍は大部で高価なものも多いので入門的な本をご紹介します。
次の記事(NO.8「ローリング・ストーンズのようにやりなさい-ケーススタディとしてのブランド研究-」)はこちらです。
前の記事(NO.6「分子と分母を合わせよう-ROA:総資産事業利益率」)はこちらです。
