1.簡便法キャッシュフローについて
今回から、資金移動表を前提に キャッシュフロー(経常収支) を解説していきます。
前回触れたように、「黒字倒産の予兆は営業キャッシュフローのマイナスである」という新聞記事がありました。筆者もかつて倒産企業の財務データを集中的に調査したことがありますが、その結果は非常に示唆的でした。
- 倒産企業80社の 約80%が、倒産期の直前期またはその前の期で経常収支がマイナス
- 同じく 約80%が、倒産直前期に当期純利益を計上していた
つまり、約8割が黒字倒産 だったわけです。
以来、私は決算書分析において、まず 経常収支の状態を確認する ことを基本スタンスとしています。
資金移動表や経常収支の説明に入る前に、まずは俗に「簡便法キャッシュフロー」と呼ばれる概念を整理しておきます。
2003年の第1次アクションプログラム以降、私は金融業界の「目利き研修」で講師を務めてきました。その際、受講者に必ず次の質問をしてきました。
「皆さんの組織では、キャッシュフローをどのように認識していますか?」
延べ500人以上に聞きましたが、ほぼ100%が 簡便法キャッシュフロー と答えます。
計算式は次のとおりです。
- 当期純利益 + 減価償却費 − 社外流出(配当金等)
- または 経常利益×50% + 減価償却費 − 社外流出
考え方は同じです。
しかし、簡便法キャッシュフローは文字通り「簡便法」であり、 わざわざ計算する意義はほとんどありません。
現在の金融界では、決算書分析はコンピュータシステムで行われ、
- 流動比率
- 当座比率
- 資金移動表
- キャッシュフロー計算書
などが自動で精緻に算出されます。
その状況で、手計算の簡便法を使う意味は薄いのです。
2.非資金項目 ― 減価償却費ほか
簡便法キャッシュフローの最大の問題点は、 非資金項目として減価償却費しか考慮していない ことです。
まず、非資金項目とは何かを整理します。
損益計算とキャッシュフロー計算の違い
損益計算は
- 収益
- 費用
- 利益
- 損失
という概念で構成され、 収益 − 費用 = 利益 で認識されます。
一方、キャッシュフロー計算(資金収支)は
- 収入
- 支出
という概念で構成され、 収入 − 支出 = 収支尻 となります。
売上の中には「まだ現金化していないもの」がある
売上には、
- 売掛金
- 受取手形
など、現金化していない項目が含まれます。 これが 非資金項目(収益側) です。
売上高1,000万円で、売掛金が期首・期末とも0ならば、売上(収益)=収入となります。
一方、期首売掛金100万円、期末売掛金200万円の場合、収入は1,000ー(200-100)=900万円となります(図表1)。

費用にも、現金支出を伴わない項目があります。 その代表が 減価償却費 です。
減価償却のイメージ
例えば、5年前に500万円で購入した車両を考えてみましょう。 現在、その車両に500万円の価値はありません。
そこで、毎期100万円ずつ減価償却費として費用計上し、 同額をBSの簿価から減額します。
- 減価償却前の営業利益:300万円
- 減価償却後の営業利益:200万円
しかし、減価償却費は現金支出を伴いません。
そのためキャッシュフロー計算では、 減価償却費を費用から控除(または利益に加算) します。
間接法キャッシュフロー計算書や簡便法キャッシュフローは、この考え方に基づいています。
減価償却費以外の非資金項目
費用側の非資金項目には、次のようなものがあります。
- 貸倒引当金
- 退職給与引当金
- 賞与引当金
しかし簡便法キャッシュフローでは、 減価償却費しか考慮しません。
さらに重大なのは、 運転資金の増減(売上債権+棚卸資産−買入債務)を加味していない ことです。
これはキャッシュフロー分析において致命的です。 この点は次回詳しく扱います。
なぜ簡便法キャッシュフローが好まれるのか
私の研修では、ほぼ全員が簡便法キャッシュフローを挙げます。 これは業界特有の傾向かもしれませんが、他業態にも一定程度あると思います。
理由のひとつは、 金融庁の検査で簡便法がよく使われる という誤解があるからです。
しかし、金融検査マニュアルは簡便法を定義していません。
金融検査マニュアルの記述
マニュアルでは次のように書かれています。
「キャッシュ・フローとは、当期利益に減価償却費など非資金項目を調整した金額をいう。」
一見、簡便法と同じに見えますが、
- 「当期純利益」ではなく「当期利益」
- 非資金項目は「減価償却など」と明記(=他の項目も含む)
と、簡便法とは異なります。
さらにパブリックコメントへの回答では、
「当期利益」は必ずしも損益計算書上の最終利益を示すものではない
と明言しています。
つまり、 簡便法キャッシュフローはマニュアルでオーソライズされていない のです。
精緻な資金移動表があるのに簡便法を使うのは不合理
資金移動表は、非常に精緻な計算を行っています。 それを使わず、わざわざ電卓で簡便法を計算するのは、
内視鏡検査の結果を見ずに、レントゲン写真だけを眺めるようなもの
です。

