横浜には、街そのものを語るような歌が数多くあります。 港の風景、夜の匂い、坂道の光、そしてそこに生きる人々の気配。 歌は、単なるメロディや言葉ではなく、街の記憶を映す“もうひとつの資料”です。
このシリーズでは、横浜をテーマにした歌を手がかりに、 街の歴史や文化、空気感を読み解いていきます。
1947 「港が見える丘」平野愛子
「YOKOHAMAの歌を読む」を探るために歴史をさかのぼると、まず1947年の「港が見える丘」に行き当たる。歌手は平野愛子。“港の見える丘公園”がタイトルの由来となった曲である。橋本治『恋の花詞集』(ちくま文庫・2000年)によれば、日本ビクターが戦後最初に発売した新譜で、サウンドは堂々たるビッグ・バンド・ジャズ。今では想像しにくいが、当時は“歌謡曲=ジャズ”という時代が確かに存在した。正確には“ポップ・ミュージック=ジャズ”と言うべきかもしれない。
この曲はその典型であり、橋本治は“港・マドロス・恋と涙”という、のちの歌謡曲における“通俗”の嚆矢となったと位置づけている。
1968 「伊勢佐木町ブルース」青江三奈
「伊勢佐木町ブルース」は、イントロと間奏の吐息ばかりが語られがちだが、歌詞は“通俗”のパターンを踏襲しつつ、サビでは“ジャズ歌手”青江三奈のスキャット――「ドゥドゥビドゥビドゥビドゥビドゥバー」――が決め手になるという意味で、伝統的な構造を持つ佳曲である。
1981 「Yokohama Honky Tonk Blues」松田優作
映画『ヨコハマBJブルース』(1981年)の挿入歌として、松田優作がクリエイションをバックに歌った「Yokohama Honky Tonk Blues」は、シニカルな歌詞で浜っ子の含羞を描き出したスローブルースの名曲である。松田優作版がもっとも知られているが、原田芳雄や宇崎竜童など、カバーも多い。「伊勢佐木町ブルース」と同様、広い意味では“ご当地ソング”に分類されるだろう。
ただし、ご当地ソングの多くが“恋と涙と地名の連結”という平板な構造に陥りがちななか、この曲は「ホンキートンク」という言葉が象徴するように、主観性と批評性を備えている点が際立つ。 ヘミングウェイ、フローズンダイキリ、オリジナルジョーズ……いかにも“ヨコハマ的”なアイテムを並べながら、やや倦怠感のあるメロディに乗せて、世間一般が抱くYOKOHAMAイメージを微妙にずらしてみせる。
作詞は俳優の藤竜也、作曲はエディ藩という“地元組”で、「よそ者のヨコハマ幻想には乗らない」という矜持が感じられる。伝説的ブルースマン、ロバート・ジョンソン(1911–1938)が“Sweet Home Chicago”を残し、今も歌い継がれているように、都市には“誇りの歌”がある。しかし浜っ子は“Sweet Home Yokohama”などとは歌わないが、プライドは高いのである。
【追記】
横浜を舞台にした作品として、松田優作主演の映画『ヨコハマBJブルース』は外せません。原案も松田自身で、主題歌と挿入歌の4曲を彼が歌っています。そのうち3曲は、このライブCDで聴くことができます。→ Amazonで『HARDEST NIGHT LIVE』を見る
映画の監督は『十三人の刺客』の工藤栄一で、松田の希望による起用だったそうです。『十三人の刺客』は東映の「集団抗争時代劇」の嚆矢となった作品で、情緒を排した即物的な映像表現が特徴でした。その工藤が撮った『ヨコハマBJブルース』は、文字通りの“ハードボイルド”な世界観になっています。DVDで観られます。→Amazonで『十三人の刺客』を見る
なお、2010年には三池崇史監督によるリメイク版も制作されています。→Amazonで『十三人の刺客』を見る
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