楽しく学べる!財務・マーケティング NO.23
🟦1.スーパースター穴ぼこ論
ロック評論家・渋谷陽一氏が唱えた「スーパースター穴ぼこ論」という興味深い説がある。これは、ロック界のスーパースターとは、市場に存在する大きな欠落部分(=穴ぼこ)の反映であるという考え方だ。
代表例がビートルズである。彼らは音楽だけでなく文化・風俗・価値観にまで影響を与え、圧倒的な“全体性”を獲得した。これは、ビートルズ登場以前の市場に巨大な「穴ぼこ」が存在していたからこそ可能だったというわけだ。
ビートルズ以後、音楽的に優れたアーティストは数多く登場した。しかし、彼らがビートルズのような全体性を得られなかったのは、市場の欠落がすでに埋まり、小さな穴しか残っていなかったためである。
この考え方はマーケティングの視点から見ても妥当性がある。スーパースターが生まれるほどの大きな欠落を抱えた市場、それが「大衆市場」である。1950年代から高度経済成長期はまさにその典型で、「三種の神器」や「3C」が爆発的に普及した時代だった。若い世代には想像しにくいが、当時の日本には“全国民レベルの欠落”が存在していたのである。
大衆市場には「マイカー未所有世帯」のような単一ニーズの消費者があふれていた。キーワードは「持てる」であり、金融ニーズは「貯める」だった。まずお金を貯め、車やテレビを持つことが生活向上の象徴だった。
この時代、地域金融機関の渉外担当者による集金・訪問セールスは極めて有効だった。「貯蓄ニーズの覚醒」という言葉が研修で使われていたのも象徴的である。売り手が刺激を与え、買い手が反応する――これが大衆市場のマーケティングの本質であり、「刺激-反応パラダイム」と呼ばれる。
🟦2.ジョン・レノンの死とニーズの多様化
1970年にビートルズが解散し、やがて高度経済成長も終わりを迎える。「貯める」「持てる」というニーズが満たされ、大衆市場は「分衆市場」へと移行していった。ニーズの多様化である。
1985年、博報堂が「分衆」という概念を提唱し、同年アメリカ・マーケティング協会(AMA)はマーケティング定義に「交換」を採用した。刺激-反応パラダイムから交換パラダイムへの転換である。
交換が成立するには、売り手・買い手双方が「相手の提供価値の方が高い」と認識する必要がある。大衆市場時代のようなメーカー発想の売り込みでは、交換は成立しないのである。
1985年はプラザ合意があり、日本がバブル期へ突入した年でもある。象徴的な転換点と言えるだろう。
※私は象徴的には、ジョン・レノンが亡くなった1980年に大衆市場の時代が終わったと考えている。1982年に紅白歌合戦の視聴率が初めて70%を割ったのも偶然ではない。
🟦3.バブル期以降:リレーションシップ・パラダイムの台頭
バブル期の「感性マーケティング」を経て、1990年代にはリレーションシップ(関係性)・パラダイムが注目されるようになった。ニーズが多様化し不透明さが増す中、顧客との関係性を強化することで取引の安全性を確保する必要が高まったためである。CS(顧客満足)が重視されるようになった背景には、この構造変化がある。
2003年には金融界で「リレーションシップバンキング」がクローズアップされた。地域金融機関にとって関係性の追求は本来当然のテーマだが、かつての地域密着と現在のそれは構造的に大きく異なる。
高度経済成長以前の地域社会は自営業者主体の「むら的社会」で、強いコミュニティが存在していた。地域金融機関や商店街は、意識的に地域密着をしていたわけではなく、地域社会の構造が自然と地域密着型の業態を生み出していたのである。
しかし高度経済成長と都市化の進展により、コミュニティは崩壊し、むら的社会は解体した。結果として商店街は衰退し、地域金融機関の訪問・集金セールスもリアリティを失った。
🟦4.歴史に学ぶマーケティング
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」――ドイツの宰相ビスマルクの言葉である。 マーケティングの実践においても、歴史を理解することは極めて重要である。市場構造の変化を読み解くことで、現在の顧客行動や金融ニーズの背景がより鮮明に見えてくる。
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渋谷陽一氏は対象を客観化して硬質な文体で批評するロック評論家でした。氏の影響下にある文体を”ロッキングオン文体”と言います。企業の分析・評価も客観化の作業ですから、良質な文章表現力が求められます。その意味で渋谷氏のロック評論は良いテキストだと思います。複数の著書がありますが、ここではクラシック・ロックを通観している『ロックミュージック進化論』をご紹介します。
記事でビートルズを取り上げましたが、マーケティングの事例研究の対象としてNO.8でローリングストーンズについて記述しています。
→NO.8「ローリングストーンズのようにやりなさい-ケーススタディとしてのブランド研究」
■前後の記事
次の記事→NO.24「千里の道も一歩から-「目利き」とリレーションシップ」
前の記事→NO.22「星に願いを-ポートフォリオ・マトリクス」
■その他のシリーズ
シリーズ4:映画×音楽の交叉点-60~70年代の映画と音楽の記憶- →公開準備中・7月から公開予定
シリーズ5:地域金融機関という人間牧場-いろんな人がいた- →公開準備中・7月から公開予定