1.2つの経営動機:<所得動機と利潤動機>
企業を分析する際、まず押さえるべき視点が「経営の動機」です。企業は大きく次の2つに分類できます。
- 所得動機の企業(=家業) 経営者や同族の所得増加が目的。利益よりも役員報酬の確保が優先される。
- 利潤動機の企業(=企業) 株主に利益で報いる意識があり、企業としての利潤追求が経営目的。
金融機関の融資審査では、この2つを同列に扱うべきではありません。規模の大小ではなく、経営者の意識が家業か企業かが本質です。大企業でも家業的な会社はありますし、中小企業でも利潤動機で経営している企業は存在します。
所得動機の会社では、利益よりも役員報酬が優先され、好況期には「税金がもったいない」と経費を積み増すケースもあります。ある建設業では「赤字にすると公共工事が取れないから赤字にはしない」と明言した経理担当者(社長の親族)もいました。これは実質的に粉飾決算の宣言です。
2.収益性分析と流動性分析の位置づけ
決算書分析は大きく以下に分かれます。
- 収益性分析(利益の質・水準を見る)
- 流動性分析(支払能力を見る)
かつて地域金融機関では収益性分析が中心でしたが、21世紀に入りキャッシュフロー計算書が普及し、流動性分析の重要性が高まっています。それでも若手ほど「企業の目的は利益の追求」という意識が強く、収益性を重視する傾向があります。
しかし、所得動機の家業に対して収益性の上下を論じても意味が薄いのです。 分析に入る前に、対象が家業か企業かを見極める必要があります。そのためには、経営者へのヒアリングが不可欠です。
3.金融機関に多い「否定から入る分析」の問題点
研修で感じるのは、金融機関職員が決算書分析で「否定的な側面」に着目しがちなことです。
例: 「売上高の成長性は高いが、利益率が低く収益性に問題がある」
このように前段で持ち上げ、後段で欠点を指摘するレトリックは典型的です。 否定は簡単で、どんな優良企業にも欠点はあるため、指摘すれば“意見”として成立してしまうからです。
しかし実務では、否定的な感想を抱えつつ融資を通す必要があり、担当者にとってはストレスの大きい作業になります。
さらに問題なのは、家業に対して利益率の低さを指摘しても意味がないことです。家業は利益追求が目的ではないため、評価軸がそもそもズレています。
4.業界平均値は「最善値」ではない
よくあるコメント:
「当社の売上高営業利益率は業界平均より5ポイント低い。 原因は販管費のウェイトが高いからで、経費削減が必要である。」
これは典型的な“パッチワーク発想”です。 業界平均は単なるバランスポイントであり、最善値ではありません。
- サイコロの平均値は3.5だが、実際には出ない架空の数値
- 業界平均を下回る企業が改善すると、平均自体が上昇する(=動く目標)
平均値は「評価」ではなく、分析の方向性を示す材料にすぎません。
●平均を下回る場合
原因を探ることは重要だが、 「販管費が高い → 経費削減」 という短絡的な結論は実務的価値が乏しい。
●平均を上回る場合
その強みがどこから生まれているのかを探ることが次のテーマ。
●本来の評価軸
決算書分析による評価は、 業界平均との比較ではなく、経営者が掲げる経営目標との対比で行うべきです。
ファーストリテイリング柳井正氏はこう述べています。
経営者とは、しっかりした目標を持ち、計画を立て、その企業を成長させ、収益を上げる人のことだ。 (『一勝九敗』より)
5.家業であっても必要な分析
所得動機の家業であっても、所得の源泉である
- 売上高(トップライン)
- 粗利益
の分析は欠かせません。 家業か企業かを見極めたうえで、適切な分析軸を選ぶことが、実務的な決算書分析の第一歩です。
